B級グルメ・ハムコラム

レトルト、惣菜、弁当、缶詰などについて語ります。
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付け合わせのナポリタンはなぜ家では作れないのか?

2013-10-07 13.38.21

伸びたスパゲティの魅力。

不味そう飯ではない。画像はいつもと同じ雰囲気だが。世の中には低俗な食い物がある。下品で高級レストランでは出て来ないやつ。と言っても「B級グルメ」などと言ってマスコミが持ち上げる食い物を、「庶民の食べ物でおいしいわよね」 などと高い所から視線でおいしいフリをするのも実にいやらしいものである。

前置きが長いな。ようするにお弁当の付け合わせで出てくるようなナポリタンが好きなのである。あれは伸びてるよな。しかも、冷えていてケチャップまみれで、そもそも肉などは入っているのだろうか。弁当に入ってのは分量がわずかなので判断が出来ない。むしろ肉も野菜も入れなくてもじゅうぶんその世界観を表現できていると言えよう。

あれだが、恐ろしいことに業務用のスーパーでは1キロとか2キロとかの分量で冷凍したのが売られていた。あれを一個、買ってむしゃむしゃむさぼり食うというのはどうだろうか? 死んでしまうかもしれませんね。

人の生死はどうでもいいのだが、あの付け合わせのナポリタンと、ちゃんと場末の喫茶店で出るようなナポリタンはずいぶん違う感じだ、やはり、ご飯のオカズと単品で成り立つ料理では宇宙観が違うのだろう。

さて、この感じの「付け合わせのナポリタン」をたまに作ろうとするのだが、これが意外とむずかしい。ああいう感じにはならない。まず第一に分量を多く作ってしまう。大量になると、それ単品で成り立つようになり、コンセプトが違って来て、なんか違う感じになる。

第二に、やはり工夫をしてしまって肉やらソーセージやら野菜やら入れて豪華にしてしまう。これも違う感じにしてしまう。つまり、付け合わせのナポリタンを作るには、禅の境地にも似たストイックな精神性が必要だということである。とうとう、ナポリタンなのに宗教まで必要になって来たか。

ナポリタンというとナポリにはこんな食い物はない、などという100年前のトリビアを出す人がすぐいるが、つまらないからそれだけはぜったいしてはいけない。

それで、付け合わせのナポリタンがなぜおいしく感じるか、ということを分析してるのだが(そうだったのか)、いちばんのポイントは「他人が作った物だから」なのだと思う。弁当やうんにゃら定食の付け合わせに出て来たらうまいのに、自分で作ってもあのテイストが出ないのは、やはり自分が作ったらただの夕食になってしまうからだと思う。

つまり、「外で食べる」とか「総菜を買って来た」という日常とは違うハレの要素が、付け合わせナポリタンには含まれているのだ。イベント性と言っても良いな。それ込みのおいしさだから、家では作れない。これが結論である。

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[ 2013/10/07 22:01 ] | TB(-) | CM(-)
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